東京高等裁判所 昭和24年(ナ)5号 判決 1949年6月15日
原告
本田一郞
被告
東京都選挙管理委員会
主文
原告の請求は棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
原告訴訟代理人は昭和二十四年一月二十三日執行の東京都第六区選挙区における衆議院議員の選挙は無効とする訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求むと申立てた。
事実
原告は本件選挙の議員候補者たらむとし議員候補者の届出をなすべく原告の代理人として訴外厚海豊治を選任し、その手続の一切を委任したので同人は議員候補者届出の締切期日である同年一月十三日午後四時東京都選挙管理委員会立候補届受理係に出頭し、原告は本日議員候補者の届出をする筈であるということを申告し、同時に該届出は同日何時迄受理するかとただしたところ同日は新聞、ラヂヲ等で発表されている通り午後十二時迄受理するとのことであつたので午後六時再び同係に出頭し選挙公営納付金二万円を納付し、其の際東京司法事務局供託課の執務時間をたづねたるに同日は供託課も午後十二時迄供託金の納付を受付けることになつているが当方よりも供託課に対し十分連絡してあるから余り急がなくても手続が完了できるとのことであつたので同人は午後七時頃供託局に供託金三万円を持参し出頭したところ、供託課の扉開きおらず同人は当直員が一時不在であると考え同日午後十二時迄供託課其の他を訪ね歩いたが要領を得なかつたので選挙管理委員会に出頭し、理由を具陳して善処を求めたが議員候補者の届出は受理せられなかつたのである。斯やうな場合においては選挙長は衆議院議員選挙法第六十七條第一項に基いて原告の議員候補者の届出を受理すべきものであるにかかわらず、選挙長がこれを受理しなかつたのは選挙の規定に違反したものといわなければならない。かようなわけで選挙長の右選挙規定違反の行爲がなかつたならば原告は議員候補者として他の議員候補者と共に逐鹿を爭うことができたのであつて、原告は前回の総選挙に立候補し惜しくも落選したが、その後選挙民との接触も増加し信用を博しつつあり、加えて民主自由党が今回の國民の支持を得たる点より見れば原告は多数の得票を獲得し得た筈であつて、選挙の結果に異動を及ぼす虞あるが故に衆議院議員選挙法第八十二條第一項に該当し本件選挙は全部無効たるべきものであると陳述し、立証として甲第一号証を提出した。
被告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決を求め答弁として選挙が無効であるためには選挙の執行が選挙の法規に遠反し、且つ選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合でなければならない。そこで東京司法事務局供託課が原告の供託金を受理しなかつたとしても都道府縣選挙管理委員会は供託事務について供託課を指揮監督し得る何等の法規もなく供託課は選挙執行の機関でないから選挙執行規定の違反があるということはできない。また供託課は一般執務規定に基いて執務するものであつて、昭和二十四年総理廳令第一号は政府職員の勤務時間に関し政府職員は午前八時三十分から午後五時まで勤務することとなつているから、原告が本件供託金を昭和二十四年一月十三日午後七時供託課に持参したるも既に勤務時間経過後であつたので、受理されなかつたのは職務執行上法規違反があつたということができない。從つて原告代理人が供託金を供託しないし、議員候補者の届出の受理を選挙長に求めても選挙長がこれを拒否したのは正当であつて、選挙長は何等選挙の規定に違反したものではない。また原告は議員候補者ではなかつたのであるから、原告の議員候補者の有無を假定して選挙の結果に異動を及ぼす虞あるや否を論ずるのは妥当ではない。以上の理由によつて本件選挙は無効とすべきものではないから原告の主張は理由がないと述べ甲第一号証の成立を認めた。
理由
昭和二十四年一月一日総理廳令第二号によつて改正せられた大正十一年閣令第六号官庁執務時間並休暇に関する件第一項には「官庁ノ執務時間ハ日曜及休日ヲ除キ午前八時三〇分ヨリ午後五時トス」と規定せられているから原告の代理人厚海豊治が議員候補者届出の締切期日である昭和二十四年一月十三日午後七時頃東京司法事務局供託課に出頭し供託金三万円を供託せんとしたが係員不在の爲めその目的を達すことができなかつたとするも、同供託課に何等違法の処置があつたということはできない。また衆議院議員選挙法第六十條第一項には「議員候補者ノ届出(中略)ヲ爲サムトスル者ハ議員候補者一人ニ付三万円又ハ之ニ相当スル額面ノ國債証書ヲ供託スルコトヲ要ス」とあるから原告代理人が同項所定の供託をしないで議員候補者の届出をした場合に選挙長がこれを受理しなかつたとしてもそれは当然であつて何等前記の選挙の規定に違反するものではない。原告は当日東京都選挙管理委員会立候補届受理係が原告代理人に対し東京司法事務局供託課は午後十二時迄供託金の納付を受理することになつているが、当方よりも同課に対し十分連絡してあるから余り急がなくても手続が完了できると言明したので供託の手続ができなかつたのであるから、かような場合には選挙長は同項所定の供託がなくても議員候補者の届出を受理すべきものであると主張するが、衆議院議員選挙法令上斯様な主張を是認すべき理由根拠がない。以上のように原告主張事実に依つては本件選挙は選挙の規定に違反したものと認められないから同法第八十二條第一項によつて本件選挙の無効を主張する原告の請求はこの点において理由がない。仍て訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條に從い主文のように判決をする。